建築について

瀬戸内海に面した4.6haの敷地を有するSIMOSE。下瀬美術館を中心に、10棟のヴィラとレストランからなるSimose Art Garden Villaで構成されています。
美術館は、海岸線と平行に並び建つエントランス棟、企画展示棟、管理棟を渡り廊下でつなぎ、それらを長さ190m、高さ8.5mの「ミラーガラス・スクリーン」で一体化。建物の海側に水盤を設け、その上にカラーガラスに覆われた8つの可動展示室を並べています。またその隣には、四季折々の草花が見られるエミール・ガレの庭を造園。ミラーガラス・スクリーンによってこれらのランドスケープが映り込み、瀬戸内海の風景が増幅されつつ大きな建築の存在感が消されるのです。
敷地北側には水盤に面した「水辺のヴィラ」5棟、南側には木々に囲まれた「森のヴィラ」5棟を配置し、敷地中央にレストランとハーブガーデンを設けています。

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ヴィラ

  • 1壁のない家Wall-Less House

    1997年、軽井沢の傾斜地に建てられた別荘を、宿泊施設として設計し直した一棟です。床スラブを後部山側に対し曲線状に屋根までめくり上げることで、背後の土圧を自然に床へと流しています。さらに水平な屋根面の後辺を床スラブの頂部と完全に固定することで、すべての水平力を床スラブに流しているのです。前面に唯一ある3本の柱は、全く水平力を負担せず鉛直力のみ負担する、最小限の細い柱となりました。すべての壁をなくし、可動式の引き戸を配置。キッチンやバスも同一フロアに露出した空間を、ガラスの引き戸でフレキシブルに仕切る「ユニバーサル・フロア」です。

  • 2紙の家Paper House

    1995年、山中湖に建てられた別荘を、宿泊施設として設計し直した一棟です。10×10mの床に再生紙の筒「紙管」110本(長さ2.7 m、直径28cm、厚さ15mm)をS字に並べ、正方形と円弧の内外に様々な空間を形成。80本の紙管が構成する大きな円弧の内部に居住空間、外部に回廊空間をつくり、回廊に独立する直径123cmの紙管にトイレを内包しています。小さな円弧は浴室と露天風呂のある坪庭を囲み、外部の紙管は目隠しスクリーンとして自立。大きな円形の居住空間は、独立したキッチンカウンター、引き戸、可動式クローゼットのみが点在するユニバーサル・フロアです。外周部のサッシュを開け放すと、紙管の列柱に支持された水平な屋根が強調され、回廊と外部テラスが連続します。

  • 3十字壁の家Cross Wall House

    Simose Art Garden Villaのために新たに設計された一棟です。傾斜地に沿った建物を計画し、2枚のRCの壁を十字に配置。そこに地面から浮かせる形で直交集成板(CLT)のスラブを2枚組み、地面から切り離すことで擁壁など必要のない建物を実現しました。エントランスをピロティ状に持ち上げ、そこにスロープでアプローチする構造に。十字壁の内側はベッドルームとし、クローゼットやシャワー室、トイレ、階段、設備を十字壁の外側にそれぞれ独立したボリュームとして取り付けています。3階は瀬戸内の風景を望む檜風呂のあるバスリビングとしました。

  • 4ダブルルーフの家House of Double-Roof

    1993年、山中湖を望む傾斜地に建てられた別荘を、宿泊施設として設計し直した一棟です。架構を大きくせず積雪に備えるため、屋根と天井を切り離すダブルルーフ構造を考案しています。応力上、積雪荷重を受けられる最小限のサイズの大屋根が全体を覆い、それとは別に天井の架構が独立。つまり天井は屋根から吊られていないので、大屋根のたわみが規定を超えても影響がないものとなっています。LDKと寝室・バスルームは大屋根の下の外部テラスで結ばれています。寝室・バスルームは地形に合わせて半階下げ、その屋上は瀬戸内海を望むジャグジーバスのあるテラスとしました。

  • 5家具の家Furniture House

    1995年、山中湖に建てられた別荘を、宿泊施設として設計し直した一棟です。本棚の強度に着目し、そこに屋根を架ければ空間ができるという発想から、工場生産された家具に構造的そして空間構成的役割を併せ持たせています。そのことで、現場での大工工事に比べ、工場で家具職人の手により内外装の塗装まですませることができ、高いクオリティーが得られるのです。また、躯体と家具を兼ねることにより、材料と手間が減って現場工事が短縮され、工事費も軽減できます。最初の「家具の家」は家具の背面を構造に使ったのに対し、今回は家具の側板も構造に効かせることで、より平面に自由度を与えました。

  • 6キールステックの家Kielsteg House

    Simose Art Garden Villaのために新たに設計された建築です。オーストリアで考案された木製のストレストスキンパネル「Kielsteg(キールステック)」は、小さな断面を組み合わせて大スパン構造が可能な部材として、一般的なものと異なり、上下のフランジのピッチが半分ずらされ、ウェブが曲線状になった特徴的な断面を持っています。このキールステックを通常の床版としてだけでなく壁としても利用。さらに短く切って積み上げることで、普段は見られない特徴的な断面を意匠的に見せながらルーバーとして活用しています。5棟のヴィラは、このキールステックを使った構造体を基本とし、その中に引き戸や家具などを加えることで、それぞれ異なる内装としています。

美術館

  • 7エントランスEntrance

    2つの柱から枝が大きく広がるようにヒノキ集成材の梁が延びる、傘型の構造が特徴的な楕円形の建物です。美術館の受付をはじめ、ミュージアムカフェ、ミュージアムショップ、多目的スペースを併設。カフェは水盤に面しており、オープンカフェとしても楽しめます。

  • 8企画展示棟Exhibition Room

    RC造としながら、ポストテンションを入れたRC梁を採用することで、25m四方の大スパンを実現。建物の周囲をピラミッド状に盛土し、建築の存在を極力感じさせないように工夫しています。この丘を登ると、可動展示室と瀬戸内海の風景が眺められる「望洋テラス」へ。夜はライトアップされた可動展示室と施設南側に位置する大竹コンビナートの工場夜景も楽しめます。

  • 9可動展示室Movable Galleries

    水盤の上に10×10mの展示室が8棟並んでおり、外壁がそれぞれ異なるカラーガラスで覆われています。これらは広島の造船技術を活用して台船の上に展示室を作ったものであり、水盤の水位を増すことで浮力で動き、大きな重機を使わずに配置を変更することができるのです。展覧会の内容に合わせた7種類の配置パターンが用意されており、配置に応じてブリッジで接続したり、展示室同士を並べて配置したりすることができます。

  • 10望洋テラスSeaview Terrace

    企画展示棟の外に出て、なだらかな坂をのぼるとそこは一面の海景。宮島、阿多田島、江田島といった瀬戸内の多島美が眼前に広がり、水盤に並ぶ8色に彩られた可動展示室など、SIMOSEの建築と自然が調和した景色をお楽しみいただけます。

  • 11エミール・ガレの庭Émile Gallé’s Garden

    アール・ヌーヴォーを代表する工芸家エミール・ガレは、自然をモチーフとした作品を手掛けるだけでなく、植物学者としても活動しました。そんなガレの作品に登場する草花を中心に、瀬戸内の気候に合わせて植栽された庭園です。

レストラン

  • 12レストランFrench Restaurant

    ランドスケープの中に屋根を置いただけの雰囲気とするため、屋根の中央に鉄骨とヒノキ集成材のハイブリッド梁を十字に架け、その中をヒノキ集成材の梁で分割。それらを外周の方立で支えながら、水平力を客席中央にある暖炉とトイレで受け、構造を感じさせないものとしています。さらに、一般的に厨房は冷蔵庫や排気フードなどで視線を遮られてしまいますが、排気フード以外の設備をカウンターの高さに抑えることで、周囲のランドスケープだけに集中できるような雰囲気を作り出しました。

その他

  • 13レセプションReception

    L形アングルは、組み合わせてボルトで接合することで、トラスなど大スパン構造を実現できることから、鉄骨断面が限られていた時代に多用されていました。同じような発想で木製L形アングルがあれば様々な空間を作ることができると考え、レセプション棟の設計に応用。圧縮杉材をL形に接合したアングルを製作したのち、必要強度に応じてボルトで接合し、トラス状の柱と梁を構成することで、シンプルな切妻の構造を作り出したのです。長手方向には、柱と柱をつなぐように棚を設けたり扉を付けたりして、収納空間をつくりました。

  • 建築家
    坂 茂(ばん しげる)
    1957年東京生まれ。1984年クーパー・ユニオン建築学部卒業(ニューヨーク)。1982 - 1983年磯崎新アトリエに勤務。1985年に坂茂建築設計を設立。1995年から国連難⺠⾼等弁務官事務所(UNHCR)コンサルタント、同時にNGO Voluntary Architectsʼ Network (VAN)設⽴。2014年にフランス芸術文化勲章、プリツカー建築賞、2017年に紫綬褒章など受賞。